

かつてがま磯には「ファイン(F)調子」という操作性に特化した軽快な先調子ロッドが存在した。初代「マスターモデル口太F」は熱烈な支持を得たエポックメイキングなロッドだった。その調子を現代の釣法にあわせて進化させて蘇らせることが命題だった。

猪熊が持つのは49.6cmの口太グレ。こんなサイズがバンバン来るのが上五島。最終テストには絶好のフィールドだ。
猪熊博之いぐま・ひろゆき
ウキの浮力にこだわった全遊動仕掛を駆使し、ラインをまったく張らない” フリーフォール釣法” の遣い手。第30回G杯争奪全日本がま磯(グレ)釣選手権優勝。ホームは大分県。がまかつテクニカルインストラクター。
40本もの試作ロッドから完成品を決める瞬間に立ち会う
運命のフィールドテストがはじまった。舞台は長崎県五島列島の上五島・黒母瀬。最終判断を下す猪熊のロッドに貼られたテープには「125‐50Y」の文字が見える。Aからアルファベット順に振られた「Y」は、この試作ロッドの識別ワードであるとともに、その試作の数も表しているのだ。

テストフィールドの黒母瀬のマナイタ。東向きに釣り座を構えれば沖へ出ていく下げ潮が狙いやすく、時期を問わず口太の良型がよく釣れる場所として知られる。青物の魚影も濃い人気の釣り場。

今回の実釣テストには、コロナ自粛を含む4年間にも及ぶ長い道のりを振り返る意味で、初の試作品であるAタイプ、Bタイプ、Cタイプを含む11本のプロトロッドが持ち込まれた。
1.25号5mを基準として、がま磯史上最軽量のブランク重量にて設計。たたき台として張りを重視した「A」タイプと、「がま磯 グレ競技スペシャルⅣ」程度の張りをもたせた「B」タイプ、軽量化を重視した「C」タイプの3本からスタートした「ファイン(F)調子」復活プロジェクトは、完成まで実に5年以上の歳月を費やし数多くの試作ロッドが製作された。
「最初の3本のうちイメージに近かった「B」タイプがベースとなり、竿タタキがでないことにフォーカスしたのが「D」タイプ。さらに竿を曲げたときのつなぎのわずかな違和感を排除した「E」タイプへと進化しました」とがまかつの担当者。

4年ぶりに手にした「B」タイプ。「F調子」進化プロジェクトは張りを高めた「A」タイプ、グレ競技スペシャルⅣ程度の張りを持たせた「B」タイプ、軽量化に特化した「C」タイプの3本からスタートした。

使用したプロトロッドのインプレッションを企画担当者に伝える猪熊。「同じ先調子でもAはBに比べるとバットが強すぎる」など、実際にグレを掛けてみて感じたことをもとにディスカッション。

高い完成度に達していたプロト「E」タイプで取り込んだのは望外のマダイ。72cmの巨体が発したパワーに耐えた仕掛は道糸1.5号、ハリス1. 7号、鈎はA1 TKOの5号だった。
現代の釣りを考えて
先短設計を導入する前の段階において、F調子はほぼ完成していた。ただし、順調だった開発にもコロナ禍がやってきた。そのことでスケジュールが一旦白紙に。しかし、それを千載一遇のチャンスととらえた。同時に開発が進行していた「アテンダーⅢ」のテスト釣行にて操作性の大幅な向上がみられた先短設計は使えないのか?元々操作性のいい先調子の竿に搭載すればどうなるか?と担当は考えた。ほんの少しでも変更を加えるとバランスを一から取り直す必要があったが、膨大な試作を糧に、ついに「X」タイプを完成させた。
「X」タイプをテストした猪熊は操作性のさらなる向上を実感した。ただし、以前に比べて現代の釣りは大きなウキの使用や遠投釣法が盛んになっている。正確性に遠投性能を加えて更なる進化を求めて、それに対応できるようにリクエスト。それは彼の真骨頂である、撒き餌とさし餌の完全な同調を行うには、再現性を伴う正確なキャストが欠かせないからだ。

左は先短の径をφ0.85㎜まで太くした先短設計+先太設計。右は先短設計のみ。比べてみれば一目でわかるほど、太さが異なる。

重量級に対しても、主導権を握ったままスピーディーに寄せてくることができるのが先調子の真骨頂。いざというときにはグッと胴に乗せられるので、不意のシメ込みにあっても慌てる必要はない。

マックスサイズを仕留めたのは「E」タイプ。竿の叩きや曲がりの違和感を徹底的に排除した「E」タイプだったが、先短設計を採用したことで製品化には至らなかった。

難なくグレをタモへと導くことができたとしても、それだけでは納得がいかない。猪熊はロッドのフィーリングに少しでも違和感があれば、躊躇なく担当者にリクエストを発する。
理想のさらにそのむこうに
そこで担当者は穂先の径に注目した。キャスト時のウキの負荷にしっかりと対応できる径を採用した「Y」タイプに進化させることで、猪熊のリクエストに見事に応えてみせた。それに加えて、Yタイプには竿先にウルトラASDを搭載することで、継ぎ目の違和感を払拭。魚とのやり取り時にスムーズに支点が移動する。そして、決して妥協をしない猪熊が出した「Y」タイプへのGOサイン。それは、単純に数多くの作成したプロトロッドの中の1本ということではなく、理想と現実がぶつかり合い、理想以上のものが仕上がった決定的瞬間だった。

最終プロトとなった「Y」タイプ。釣り師たちが思い描く夢に耳を傾け、どんなに些細な要望も決しておろそかにしない地道な作業の積み重ねが現代のF調子として結実した。

穂先の曲がりにも注目。見た目には合格ラインであっても、実際にグレを掛けたフィーリングがよくなければ猪熊のGOサインはでない。

「Y」タイプ1・5号5・3mで仕留めた46cmのグレ。強烈なパワーで根に向かって逃走を図る手ごわい相手を制したことで、百戦錬磨の猪熊も納得の表情だ。

最終GOを出した「Y」タイプ1.5号5.3mの穂先を見つめ、しっかりと調子を確認する猪熊。次々とアタってくる40cmクラスの口太に対峙することで、ロッドの完成度の高さを実感できる。

「僕の釣りには正確な遠投性能が不可欠」とのリクエストを受け、先短設計のXタイプに「先太設計」を取り入れた、「Y」タイプ。猪熊が「製品化が楽しみ」というほどの仕上がりになった。